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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9301号 判決 1965年3月16日

原告(反訴被告) 高橋カツ

被告(反訴原告) 須藤晃弘

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

別紙目録<省略>記載の土地建物につき被告(反訴原告)が所有権を有することを確認する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し右建物を明渡せ。

被告(反訴原告)その余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告。以下単に原告という)訴訟代理人は本訴につき「被告(反訴原告。以下単に被告という)は別紙目録記載の土地建物につき東京法務局品川出張所昭和三七年六月五日受付第一〇、二三一号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき請求棄却の判決を求め、

本訴の請求原因として

一  原告は昭和二六年一月九日大蔵省(国)から別紙目録記載の土地の払下を受け、同二四、五年頃同目録記載の建物を新築し、それぞれその所有権を取得した。

二  右土地建物について、原告のため所有権取得登記がなされていたが、その後訴外大竹明名義の所有権移転登記、次いで被告名義の東京法務局品川出張所昭和三七年六月五日受付第一〇、二三一号の所有権移転登記がなされている。

三  よつて原告は本訴として、被告に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

被告の抗弁及び反訴に対する答弁として

被告主張事実を否認する

と陳述した。

被告訴訟代理人は本訴につき主文第一、第五項同旨の判決を求め、反訴につき主文第二、第五項同旨及び「原告は被告に対し別紙目録記載の建物を明渡し、且つ昭和三七年一二月一日から右明渡済みまで一月一万円の割合による金員を支払え。」との判決及び仮執行の宣言を求め、本訴に対する答弁として

原告が右土地建物につき所有権を取得したこと(但しその取得原因は不知)、及び原告主張のような登記がなされていることは認める。

本訴の抗弁及び反訴の請求原因として

一  第一次的に

原告は昭和三七年五月一九日右土地建物を大竹明に売渡し、大竹は同年六月五日これを原告に売渡した。

第二次的に

大竹明は原告の代理人として、原告から授与された代理権に基き昭和三七年六月五日右土地建物を被告に売渡した。

第三次的に

原告は、大竹明が他から金員を借入れるにつき右土地建物を担保に提供するため、同人に対し原告に代理してこれに担保権を設定する権限を授与し、印鑑及び右土地建物の登記済権利証を交付した。ところが大竹明は権限を踰越し、昭和三七年六月五日原告の代理人として右土地建物を被告に売渡した。そして原告は同日公証人役場において、被告に対し大竹明の売買権限を承認する旨明言した。従つて被告は右土地建物の売買につき、大竹明に代理権ありと信ずべき正当の理由を有する。

二  よつて原告の本訴請求は理由がなく、被告は反訴として原告に対し次の請求をする。

(1)  右土地建物の所有権確認

(2)  右建物の明渡並びに昭和三七年一二月一日から右明渡済みまで一月一万円の割合による賃料相当の損害金

と陳述した。

証拠<省略>

理由

一  原告が土地建物につき所有権を取得したこと(但しその取得原因については争いがある)及び土地建物に原告主張のような所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  そこで被告主張の事実について判断する。

いずれも成立に争いない甲第一第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし四及び六、第七号証、乙第一、第二、第五号証に、乙第三、第四号証のうち成立に争いない登記官吏作成部分、並びに証人大竹喜代子及び同大竹明(但し後記信用しない部分を除く)の各証言、原告(但し後記信用しない部分を除く)及び被告各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(イ)  大竹明はかねて運送関係の事業を営んでいたが、運転資金に窮し、昭和三七年二月頃妻喜代子の知り合いである原告に対し、その居住中の土地建物を他人からの借入予定約四、五〇万円の担保として、二、三カ月間提供して欲しい旨依頼し、原告はこれを承諾した。

(ロ)  そこで原告は大竹明に対し、土地建物につき約四、五〇万円の範囲で担保権設定の代理権限を授与し、原告の印鑑及び土地建物の登記済権利証を交付し、品川区役所第三出張所に同年二月二七日附申請、翌二八日受付で新たに印鑑登録をし(甲第三号証の一、二)、同日附印鑑証明書(甲第四号証の二)を大竹喜代子に交付した。

(ハ)  大竹明は土地建物を担保に方々借入先を求めたが得られず、同年五月一九日に至り他人からの借入を求める便宜のため、原告の承諾なく土地建物を大竹明の所有名義に移転登記をしようと図り、擅に保管中の印鑑を冒用して原告名義の委任状(甲第四号証の五)を偽造し、同日附売買を原因として所有権移転登記をした(甲第一、第二号証、第四号証の一ないし六、乙第一ないし第三号証)。

(ニ)  大竹明は同年六月四日知人の招介で被告に対し金員借入方を申込み、その担保として大竹明名義とした土地建物を恰も真実同人の所有であるかの如く偽り、その所有権を移転する旨の意思表示をし、被告はこれを承諾し、翌五日大竹明に対し次の約定で金員を貸付けた。

(1)  金額一五〇万円。但し、登記手続のため売渡代金三〇万円とする土地建物売渡証(乙第四号証)を作成する。

(2)  利息は遅延料名義で一ケ月につき三分の利率で毎月支払う。

(3)  弁済期限 昭和三七年一一月末日。

(ホ)  被告は同年六月五日大竹明と共に土地建物につき所有権移転登記手続をしたが、同人所有と称する建物に原告が居住しているので、担保権の実行を確実にするため、原告及び大竹明に対し期限後建物の任意明渡を約束させ、その旨の公正証書(甲第七号証、乙第五号証)を作成した。

(ヘ)  原告は公正証書作成に際し、大竹明が被告から金員を借用したことを知り、大竹明が原告を代理して約四、五〇万円の限度で土地建物を担保に提供したものと誤解し、期限に弁済しなかつた場合建物を任意明渡すことに承諾し、公正証書の作成に応じた。

(ト)  ところで大竹明が原告から授与された代理権には、たとえ担保のためとはいえ、所有権移転の権限まで含むものではない。それ故大竹明が金員借受の担保として所有権を移転することは明に権限外である。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人大竹明の証言及び原告本人尋問の結果の各一部は信用できないし、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。従つて、大竹明が真実所有権を取得したのでないから、同人との売買により被告が所有権を取得するいわれはなく、大竹明が原告から所有権譲渡の代理権を授与されていたのでなく、且つ原告の代理人としてではなく、自分の名で契約したのであるから、原告は代理人の行為或いは民法一一〇条の表見代理により、売買の効力を及ぼされるいわれもない。

しかしながら、原告が大竹明に対し任意に登記済権利証、印鑑証明書を交付した行為は、外観上担保権設定の代理権授与というより、恰も同人に対し所有権を移転し、或いは包括的な処分権限を授与したかの如き状態を示している。そして大竹明は代理権限を濫用して自己所有名義の登記をし、原告は大竹明の所有権或いは処分権限を是認したともとれる任意明渡の公正証書作成に応じたのであるから、被告は正当な理由があつて大竹明を所有者と信じたものといわねばならない。このような場合、原告は民法九四条二項、一〇九条、一一〇条等の類推により、被告に対しその責に任ずべきものと解される。従つて、被告は大竹明に対する貸金の担保として、原告から土地建物の所有権を取得したことになる。

三  ところで被告は売買による所有権移転を主張しているが、前記のとおり一月三分の利率により、遅延料名義の利息を毎月支払うことの約束がなされていたのであるから、当事者間に使用した名称はともかくとして、売買の形式以外に債務関係も存在し、その担保としての所有権移転といわざるをえない。そして前記のとおり、貸金の弁済期限が昭和三七年一一月末日であり、右期限が経過したことは明らかであるから、原告は被告に対し建物を明渡さねばならない。

なお、被告は右期限後明渡済まで賃料相当の損害金を訴求しているが、譲渡担保権者は期限後においても、担保物を使用、収益する権利を当然に有するわけではなく、且つ流担保の約定については本件全証拠によるも認められないから、被告は担保物を換価して貸金を清算する以外に、そのような損害金の支払を求める権利を有しない。

四  以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、土地建物の所有権の確認と建物の明渡を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴八九条九二条に従い、なお仮執行の宣言の申立については、相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木実)

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